紆余曲折の中から見出した一筋の光:顧客の喜びと自分の楽しみと【Nov No.5】

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誰にでもどん底はあるだろう。

しかし、そこから這い上がれるかどうかはどんなモチベーション持っているかが大事になるのかもしれない。

今回は、人生での試練とそれをどう乗り越えたのかを赤裸々に語っていただく。

【登壇者紹介】
Salon du Crown 第2期
2017年11月6日㈪ 開催
@DIAGONAL RUN TOKYO

(スピーカー)
牧野 仙以知
株式会社マイセンファインフード
代表取締役社長

丸山 孝明
農業プロデューサー
株式会社代官山ワークス 代表取締役社長
株式会社グリーンストーリープラス 取締役
北海道食べる通信 プランナー

(モデレーター)
金丸 美樹
森永製菓株式会社
新領域創造事業部
チーフマネージャー

<ホームレス時代に見つけた「顧客の声」の活かし方>

金丸 お二方とも波乱万丈、色々なことがあった今までのキャリアの中で、これは大変だったけれどこうやって乗り越えてきたというエピソードをお話しください。

丸山 困難っていっぱいあるのですが、やはりホームレスの時代が一番大変でした。

サラリーマンの方が新宿駅を歩いているのを横目で見ながら、「俺もついにここまできたか」と。
もう俺が死んでも誰も分からないだろうなというのが頭を横切った瞬間はいっぱいありました。

そういう意味では、ホームレス時代です。

いつもキャスター付きのガラガラで移動をしていたのですが、まず朝起きたらコンビニに行って、ご飯をもらって、終わったらそこから携帯電話を充電する為に、駅のコインロッカーの近くに行きました。

体を壊した時期でもあって、うまいこと働けなかった。ファーマーズマーケットをやりながら、色々なところに転がこんで、1年半程やってました。

金丸 その時ってどういうふうな気持ちの整理をして、どのようなモチベーションに動かされていたのでしょうか。

丸山 まず、先ほどの牧野さんの話と同じで「必要とされていた」という事が大きかったです。

ファーマーズマーケットで京都の農家さんと組んでやっていました。京都の農家さんは儲かっているイメージでしたが、実は全然儲かっておらず、中間搾取され続けてたんですね。

その人達の商品を売っていたんですけれど、ある日お客様から「もっと小さなブロッコリーとかないの」と聞かれました。そこで農家さんに聞いたら小さいうちに採って送ってくれたんですよ。

それをえらい消費者の方が喜んでくれて、「このくらいのサイズだったらうちでも余らせずに食べられるわ」と言われたんですね。

この時に誰の指示でキャベツが春に出てきてんのとかって誰が決めているんだろうと思ったんですね。

こういう情報が農業にも足りないんだなと思って、情報を伝えたら売れたぜあれって言ったら「マジかよ」みたいな。

金丸 お客様が喜んでくれているし、農家さんもそういう事だったのかみたいな、そこに喜びがあった。

丸山 そうですね、これはチャンスだと思いました。これをやっている人いままだいないだろうと。

金丸 自分の喜びとビジネスチャンスがリンクしたという事ですね。

丸山 そうなんですよ。僕、舞い上がってしまって、いけるぞと思って、これで生産者の方と対等に話せるなと思いました。

やっぱりどこか舐められていたんだと思います。またお前売れねーだろみたいな。

でも、僕が売ってくるもんだから、お前どうやって売ってるんだってなるんですよね。

僕も産地に行くこともあるし、農家さんもファーマーズマーケットに来てくれて、どんなお客さんにどんな売り方しているのか見てみたいということで。初めて自分の野菜を売れているところを見たよと。

<なにがあってもめげない「またやったるわい」の反骨心>

金丸 意外と農家さんって自分が作っているものが直接届けられているところを見ることってないんですよね。

牧野 農家の人は、作ることは一生懸命だけれども、売ることに対しては全く無頓着です。

ひどい農家さんだとお米がいったいいくらで売られているのか知りませんからね。農協に出す価格は知っていますが、その先は知りません。

金丸 牧野さんは商社にお勤めされていてこともあって、ご自身でも売ったりもされていたんですね。

牧野 今では考えられないですが、私が創業当初は食管法という法律がございまして、農家といえども勝手にモノを売ってはいけなかったんですよ。

きちんと農協に出すか、それか登録をした消費者にだけは年間120kgまでは売ってもいいですよという法律がありました。

忘れもしません、創業して翌年の平成5年に、平成の米騒動というのがございまして、タイ米などが入ってきた時です。

掟破りですけれど、その時、私は自分で外食産業に直販をしていました。言えば、やってはいけない事を勝手にやっていたわけですが、流石に平成5年の大凶作では、もういろんな人が米を求めてくるんですね。

うちの周りに警察が来まして「お前、どこに勝手に米を売っているんだ、食管法違反だぞ」と。

それで圧力かけてくるんですが、運送会社の佐川急便とクロネコヤマトを使っていてのですが、運送会社をこさせないんですよ。

私、困りまして、トラックをレンタルして米積んで、自分で配達に行きました。

うちの社員と交代で1日毎に行って、ある時、前原ジャンクションで検問にかかりました。トラックの荷台を見せろって言われるんですけれど、僕のことをマークしているわけですよ。

金丸 検問のところまで情報がいっていたんですね。

牧野 それで後ろを開けたら米が山ほど積んであって、「これなにすんねん」と言われたから、「ドライブしてまんねん」と言いましたよ。

道交法で米積んでドライブしたらあかんのかいと聞いてね、そんなこともありました。

あとは僕は田んぼで農薬をあんまり使わないので、周りの農家からえらいパッシングを受けるんですね。

「お前のおかげで虫がくる」とかなんとか。ぐちゃぐちゃしょっちゅう言われました。

挙句には、田んぼを持って出ていけとまで言われて、それには僕も流石にヘキヘキしまして、「田んぼ持って出て行くから、切り取ってくれや」と言ったりもしました。

そして、平成6年に水不足になるのですが、うちに水を回してくれないわけですよ、嫌がらせで。

田んぼに水が来ないもんで、稲がどんどん枯れていくわけですよ。自分の腕が入るくらいの地割れが起こって、それでも稲は芽を出して、ちゃんと穂をつけてくるんですよ。

それが、僕にとっては愛しくてかないませんでしたけれど、そんないじめ倒されても、「またやったるわい」と思いながら、やってきたわけですよ。

(続)

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